漢詩詞創作講座初心者22 文化交流漢詩詞結社葛飾吟社 TopPage

詞と歌謡の関係

 前節で李白の『把酒問月』の名詩に応えて、蘇軾がこれに勝るとも劣らない詞を詠んだことを述べました。これは『水調歌頭』という曲で、数ある詞の中でも最もよく知られている曲ですが、蘇軾の作詞は最高傑作と見る人が多いのです。確かに「人には悲歓離合有り,月には陰晴圓缺有り,此の事 古より全うし難し。」というのは名文句です。これを名歌手袁綯に歌わせるというのは何とも憎い話ですが、詞というのは曲があって、それに当てはめて詠むものですからこれはごく自然です。当時多くの人に歌われたことでしょうし、今でも詩人の宴で歌われるのです。詩ももともと吟ずるものです。第10講で杜甫が死の直前、名歌手李亀年に逢ったことを述べましたが、李亀年は王維の詩をよく歌っていたといわれています。

 しかし、詞は詩より遙かに歌謡に向いています。何とこの蘇軾の『水調歌頭』には、現代風の曲をつけてケ麗君(テレサ・テン)が歌っています。詞とはどんなものか知るために、ぜひ買って聴いてみてください。『淡淡幽情』(taurusTACL-2400)というCDで、詞12曲が収録されています。内訳は蘇軾、欧陽修、范仲淹、聶勝瓊、朱淑真、柳永、辛棄疾、李之儀、秦少游が1曲ずつ、それに李Uが3曲です。この李Uという人は唐が滅びた後の五代十国時代、現在の南京を都にしていた南唐の王だった人ですが、宋に攻められて捕虜となり開封に送られて三年後に獄死しました。獄中詠んだ詞に名作が多く、ここに収録された『虞美人・幾多愁』もその一つです。

  春花秋月何時了?             春花 秋月 何時か了る?
  往事知多少。                     往事 多少を知れり。
  小楼昨夜又東風,               小楼に 昨夜 又東よりの風,
  故国不堪回首月明中!       故国 首を回らすに堪えず 月明の中!
  雕欄玉砌応猶在,              雕欄 玉砌 応に猶在り,
  只是朱顔改。                    只是 朱顔のみ 改りぬ。
  問君能有幾多愁?             君に問う 能く幾多の愁有らんや?
  恰似一江春水向東流!       恰も似たり 一江の春水東に向いて流るるに!

 獄中にあっても東風が吹くと故国の宮殿を思い出します。彫刻のある欄干、玉で畳んだ石段も昔の通りですが、酒盛りする顔は違うのです。まだどれだけの愁いがあるというのでしょうか?それは春の水が滔々と東へ流れるようなものです。当時の南京は最も文化の爛熟した都市でした。武力を殆ど持たない文化国家の悲劇の王の哀歌に、
人は限りない同感を持つのです。

 台湾の歌手テレサテンは非常な知識人で、千年も前のこれらの詞を現代青年に鑑賞させようとして、現代風の曲をつけて歌っていました。テレサは五億のファンを持った20世紀最大の歌手でしたが、日本ではテレサが日本語を理解出来ないのをいいことに、デビューに際して不倫まがいの歌を歌わせました。このため日本人だけが彼女を誤解しているのは大変残念なことです。ともかくも電波は海峡を越えて大陸に達しました。当時中国政府はこれを資本主義的文化として排斥しましたが、電波を通じて知っている学生たちはケ小平とケ麗君の二人を「大ケ・小ケ」と呼んでいたのです。無論人気があったのは小ケの方でした。やがてある映画監督が、『恰似一江春水向東流』なる映画を作り、この曲を主題歌としました。この歌は洪水の如く北京や上海の若者の間に流れて行きました。現在三十歳後半くらいの中国人にとって思い出深い曲なのです。