漢詩詞創作講座初心者04 文化交流漢詩詞結社葛飾吟社 TopPage

詩興こそいのち

 詩である以上は、詩興が最も大切であることはいうまでもありません。現代中国第一級の女流詩人林岫が過日松島の船上で詠んだ一首を見てみましょう。

随葛飾吟社詩友同游松島乗舟即興 林岫
  舟牽雲水秋痕寛, 舟は雲水を牽きて 秋痕寛く,
  佳日融融認作春。 佳日 融融 春を作すを認む。
  緑茗□香欣款客, 緑茗 香を□み 欣びて客に款り,
  白鴎争食繹親人。 白鴎 食を争い 繹りて人に親しむ。 □=口+巽

 この日は私達も同行して、塩竈から遊覧船に乗ったのですが、潮風も快い小春日和でした。舟の売店で緑茶(緑茗)の缶とえびせんを買って、甲板でえびせんを指し上げていると海猫が群を為して飛来し手からえびせんを攫って行きます。わずか五十分ほどの船旅ですが楽しいものでした。この詩は前半で松島游船の風光、小春日和の感
情を叙べ、後半でお茶を楽しむ人と、餌を争う鳥を比較してみせています。二十八文字が無駄なく、よどみなく展開して、現場の昂奮をよく捉えています。そこに詩興があることがお解りいただけるでありましょう。

 詩興とは何でしょうか? 中国の一流詩人の作に対比するのは申し訳ないが、ある現代日本人の『松島』を見てみましょう。

  嗷嗷新雁逐風行, 嗷嗷新雁 風を逐いて行き,
  舟遶勝区片帆軽。 舟は勝区を遶って 片帆軽し。
  八百八州滄海闊, 八百八州 滄海闊く,
  ?松映水落霞明。 ?松水に映じて 落霞明らかなり。 
     
 この松島の作品の最大の欠陥は風景の羅列に終わってしまったことです。風景の羅列では詩興は生まれません。ことに転句において展開がないため作品が平面的になってしまいました。もう一度林岫の作品の転句を見てください。そこには景色から人へ明確な転換があります。だから読者はその転換につられて読み進むことになるので
す。

 詩興は旅に出なければ得られないということではありません。林岫女史はこの旅の前、中山栄造宅に夕食に招かれて、奥様の手作り漬物が旨いと感嘆し、つぎの一首を詠んでいます。ここでも転句の効果が見事です。こちらは宋詩の趣があり、先の松島の詩の唐詩的展開と比べると、詩興によって詩風を使い分けていることを感じさせます。

   中山栄造於宅招欽与鄭民欽、今田述 林岫
  嘉木脩然隔市塵, 嘉木脩然として 市塵を隔て,
  四時芳草接東隣。 四時 芳草 東隣に接す。
  菜根清淡何須問, 菜根 清淡 何ぞ須く問わん,
  知有温馨雅主人。 温馨知るあり 雅主人。